日記・コラム・つぶやき

2009年10月27日 (火)

Prince #56Nakano Retired!

たった今、#56中野真矢選手引退のニュースが飛び込んで来ました!いつかこの日がやって来ることは覚悟はしていましたが、あまりに早すぎる。残念でなりません。いつも謙虚で礼儀正しく、ファンを大切にしてきた中野選手…。多くの人が、レーシングライダーとしてだけではなく、人としても大切な何かを彼から学んだに違いありません。#56中野選手、お疲れさまでした!そして今までホントにありがとう!!

Biaggi_nakano_3

ちなみに、私がこのニュースを知ったのは、@webike_bikenewsさんのつぶやきから。他にも@minastirith_71さんや@GG_Satoさん、@issuiさんといった方々がぞくぞくと…。みなさん、コアなモーターサイクル・レーシングのファンでいらっしゃる。^^;

尚、引退記者発表は、明日行われる予定だそうです。

NEWS"中野真矢が現役引退を表明" | MFJ SUPERBIKE
 http://www.superbike.jp/news/2009/10/post_102.html


中野真矢が現役引退を表明 13年に及ぶプロライダー生活にピリオド |
  ウェビック ニュース
 http://news.webike.net/raceDetail.do?news_id=739

↓#56中野選手のカワサキ時代の貴重な画像が!Special Thanks!
【SBK】 中野真矢、現役引退を表明 ←注目!!! |
GP News Worldwide + MotoGP・SBKをメジャーにしたい!!
 http://motociclismo.jugem.jp/?eid=1027


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2009年8月19日 (水)

追記:ヤマハRZ250について

Rz250roberts1970年代終盤。アメリカEPA(環境保護庁)が発表した環境規制は、世界の自動車メーカー各社に大きな影響を与えることになります。マスキー法と呼ばれる大気汚染防止のための法律が成立し、世界初の排気ガス規制が行われることになったからです。その内容は当時、パスすることは不可能とまで言われたほど厳しいもので(実際にはホンダがCVCC技術を開発してクリアしましたが)、バイクメーカー各社もこぞって4ストロークモデルの開発を強化するなど対応に苦慮していました。

一方で2ストロークエンジンを搭載したマシンは、全体的に牙を抜かれた…というより捥(も)がれた?状態に陥り、そのため世界のマーケットでの規模も徐々に縮小されつつありました。そんな中、これを払拭するべくヤマハからリリースされたのがRZ250で、先代のRD250と同様、当時の同社製市販レーサーTZ250/350をベースに開発されていました。

Rz3501979年9月に開催されたパリモーターショー(世界5大モーターショーの一つ)と、同年10月に開催された「第23回東京モーターショー」で鮮烈なデビューを飾り、翌年8月にデリバリーが開始されるや否や瞬く間に市場を席巻!一大センセーションを巻き起こしました。
さらに1981年、“ナナハンキラー”と呼ばれたRZ350(当初は欧州向けの輸出専用車。欧州ではRD350LC)が国内に投入されると、他メーカーも次々とニューモデルを開発し始め、熾烈なパフォーマンス競争を繰り広げるようになります。特にホンダとヤマハの開発・販売競争は凄まじく、後にHY戦争と呼ばれたほど。

その大きな波は、やがて空前のバイクブーム、延(ひ)いては“レーサーレプリカブーム”へと繋がり、その後のRG250Γ、そしてRZV500RやRG500Γといった2ストロークレプリカ・モデルを生み出すきっかけとなりました。

Rg250Rg500Rzv500r




バイク業界全体に大きなインパクトを放った歴史に残るモデルであり、私の中でいつまでも色褪せる事のないスポーツクォーター※、それがRZ250なのです。
※排気量1000ccを基準とし、250ccのバイクをそう呼びます。
  1000ccの1/4(quarter)=250cc。


「RZ250」開発ストーリー | ヤマハ発動機株式会社
http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/cp/history/motorcycle1980/rz250/index.html

「RZ250」各部写真 | ヤマハ発動機株式会社
http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/cp/history/motorcycle1980/rz250/parts/index.html


Ken_nemoto2008年7月 2日の日記、「0.1秒のエクスタシー」で紹介しているRIDERS CLUB No.28(1980年10月号)は、当時編集長だった#36根本健氏による熱いインプレッション記事が印象的で、特にこの号は、表紙が変色してボロボロになるほど何度も読み返した、私にとって忘れる事のできないとても思い入れの深い一冊です。その後も同氏のバイクに対する思いが詰まった巻末の「KEN'S TALK」はWeb版として存続しているのですが、まさかあれから30年近くも経ってあの頃の記憶を思い出される事になろうとは…。睡眠時間を削りながら購入資金を貯め、ようやく納車された時の事が蘇ります。

ちなみに、「RZ」というネーミングはヤマハの社内コードから来ていて、「R」はレーサー、「Z」は水冷を意味しています。(アルファベット最後の文字にかけて、最後の、究極のといった意味合いもあります)ところが、パリショーの時の車名は350ccバージョン(=RD350LC/LCはLiquid-cooledの略)同様RD250LCというもので、その後、欧州では「RD」、国内では「RZ」としてデリバリーされました。

これは多分、歴代のヤマハ・ワークスレーサーに関係していて、例を挙げると、ヤマハ初のファクトリーマシンとして1957年の第2回浅間火山レースに出場したYDレーサー(Yはヤマハの意味。Dは250cc)に始まり、RA41(Aは125cc)、RD48の発展型であり、「世界でもっとも速い250cc」と賞賛され、圧倒的な強さを誇ったRD56などなど…。特に、モータースポーツ発祥の地・ヨーロッパでは、レース結果がそのまま自社ブランドに対する知名度や評価になり、売り上げに結びつきます。(残念な事に当時、海外での日本製マシンの活躍ぶりは、ほとんど国内に報道されませんでした)

つまり、ヤマハ発動機にとって“RD”とは、創立当初から磨き上げてきた高い技術力と輝かしい栄光の歴史、そして自社ブランドに対する誇りと自信の表れであると同時に、そのレプリカイメージを利用した販売戦略の称号でもあったという訳です。 

で、最後に今日の一曲!←いつのまに恒例になったのやら?^^;
あの時(2007年12月18日の日記「ひと足早いクリスマス・プレゼント」)、届けられなかったすべての思いを今、貴女へ…。

YouTube - これ以上 らいぶ
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&feature=related&v=OIsenA193r4







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2009年7月14日 (火)

忘れらない思い出の曲とヤマハRZ250

Yamaha_rz250_3現在のような立派な駅ビルになる前の北千住。そこで夜のバイトを始めた一人の青年がいた。いや、青年というよりは少年といったほうが正しいだろう。高校を卒業して間もなく、父親を亡くし家計を助けていたが、ある夢の実現へ向けてとうとう夜も働き始めたのだ。世間知らずを通り越して無謀と言えるが、それほど当時の彼は“純”だったのだから仕方がない。きびしい母親でさえ、彼を止めることはできなかったのだから…。

それはまだコンビニもない時代。男が夜働くとなるとウェイターくらいしかなかったが、うまい具合に午後7時から深夜2時まで働ける店を見つける。しかも土曜の夜は翌朝5時まで働かせてもらえた。クラブ活動などで身体を鍛えることもなかった学生時代だったが、なぜか背は高く、本人も意外なほど体力はあったから、雨の日も風の日も愛車RZ250で通った。

店の形態はパブ・レストラン。広くはないが店内にはボックス席の他にカウンター席もあり、小さいステージと少人数なら踊れるホールもある。早い時間は主に公務員やサラリーマンなどの一般人。それが引けると勤めを終えた呑み屋の店主やスナックで働く女の子たち、すでに酩酊していて訳のわからないただの酔っ払いもやって来る。週末ともなると目が回るような忙しさだったが、大人たちの長い夜に付き合っているときつくはなく、先輩ウェイターたちにも可愛がられて(からかわれて?)伸び伸びと働く。

ところで、そのウェイターたちには密かな楽しみがあった。口開けの客が入って来るまでの暇な時間帯がそれだ。その時間帯は、経営者であるママの娘が帰宅前に店に立ち寄ることが多いのだ。化粧らしい化粧もしないのに綺麗で、いつも自然体の彼女は彼等にとってアイドルのようなもの。少年にはお姉さんのような存在だった。他愛もない会話やデュエット曲を歌ったりしながら、和やかで穏やかな時間が流れてゆくのが心地良かった。

特に少年は、彼女がソロで歌う姿が好きだった。曲は大体決まっていて、弘田三枝子さんの「人形の家」や丸山圭子さんの「どうぞこのまま」、そして「もう一度」の3曲だ。中でも最後の曲は、まだ恋愛経験もないというのに少年の心に深く刻み込まれた。それ以来、刹那的な女性の気持ちを切々と歌い上げるこのアーティストが好きになる。
ちなみにこの少年はその後、この店で人生最大のターニングポイントが訪れ、夢が叶うことはなかった…。


・伊東ゆかり/プロフィール[小澤音楽事務所]
http://www.ozawamusic.co.jp/a_ito/pro.html

伊東ゆかりさんへ提供されたこの曲は、1980年5月にリリースされた松山千春さんの5枚目のオリジナル・アルバム『浪漫』(ろまん)に収録。A面は揺れ動く男性と女性の気持ち、B面は大自然の素晴らしさと生きる事とは何かを訴え、考えさせてくれる内容で、数ある千春さんの作品の中でも私が一番好きなアルバムです。
それにしても千春さんは、切なく繊細な女心を表現するのが上手ですよネ?でも、こんな女性がいてくれたら?いて欲しいという男性の願望を歌っているようにも感じます。貴女はこの曲にどんな印象を持たれましたか?


「女っていうのは、100あるうち、99優しくても1冷たかったら、その冷たさが許せない。」
「でも、99冷たくとも1優しかったら、その優しさについていこうと思うものだ。」

「女が言葉を教えてくれる。そこから曲が生まれてくる」

・YouTube - おしゃれ30・30   松山千春 1
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&v=c1R7QUpMs94

その昔、古舘伊知郎さんと阿川泰子さんが司会を務める『オシャレ30・30』(おしゃれサーティーズ・サーティー)という番組に出演した時の言葉です。言いたい放題の毒舌に眉をしかめる人もいるでしょう。でもチョッと待ってください。優しさや温かさ、そしてどこか遊び心も感じませんか?人を引き付けるMCと心に訴えかける歌唱力。不安定狭心症に倒れるまでは年間約70本ものステージをこなすほど、デビューから一貫してライブ中心に活動して来た千春さん。TVに映し出されるのは、彼のほんの一面にしか過ぎません。ぜひ一度、コンサートへ足を運んでみて下さい。
そこには一輪の赤い薔薇のそばで、生きることの喜びや人を愛することの素晴らしさ、限りある命の尊さを説く(歌う)彼本来の姿が見られると思います。


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2009年4月 9日 (木)

とりとめのない話

Kc2800042月は浜松町で3月は代官山。そして今日は、新宿に行ってたりしています。えっ?すっかり春めいてきたことだし、デートかって?いえいえチョッとした買い物に・・・。^^;
am10:35/藤沢発、新宿行きの快速急行に乗るつもりが、案の定?寝坊してバスに乗ったのが27分!まァ、買い物以外に予定があったわけじゃないし、イイんですこれで。一人ですから!
新宿駅で小田急から丸の内線に乗り換えて新宿御苑前駅で下車。の、つもりが京王線と都営新宿・大江戸線の案内標識以外見当たらない・・・。あれ?丸の内線の改札口はどこだ?それ以前に、自分がどこにいるかもよくわからないので、とりあえず外へ。あれ?西口に出ちゃった。西口は多国籍な人たちが目立つ。バスターミナルがあるせいだろうか?派手に着飾った女性や男性も?チラホラ。(こんな時間にお勤め帰り?)そんなこんなで、小田急デパートの前をトボトボ歩いていたら、丸の内線の看板を発見!無事、目的の店に着く。

バイク用品やPCの周辺機器、それと靴(USサイズで12。29~30cm!)などは、普段、オンライン・ショッピングを利用することが多いのだが、衣類だけは別。日本製と海外ブランドは、同サイズでも極端に違う場合があるからだ。わざわざ新宿まで来たのも、実際に現物を試着し、納得の上で購入したかったから。散々迷ったあげく、製品のクオリティと値段が折り合わず、5.11 Tactical Sereisの「Tactical Operator Belt」を購入。愛用しているBianchiの「Model B12 – Reversible Sport Stitched Belt」も軽く20年は経っているから、まったく無駄足だったわけでもない。と、納得することにする。

「せっかくここまで来たんだし・・・」と、桜見たさに新宿御苑に向かう。が、すごい人出。桜見物は諦め、古びたラーメン屋に入る。「中華」の看板は出ているが、どう見てもごく普通のラーメン屋だ。店内に入ると、頑固そうなオヤジさんとお婆ちゃん、そして頬を赤らめた中年の酔っ払いがいた。どうやらこの酔っ払い、相当長い間、この店に居座って呑んでいるようで、精算はとうの昔に済んでいるのにもう一度払おうとしている。だが、それに気づかず、受け取りそうになるお婆ちゃん。なかなか愉快な店だ。笑いをこらえて、ラーメンライスに納豆とお新香が付いた「ラーメンセット」を注文する。このラーメン、昔ながらのしょうゆ味ベースで麺は極細。トッピングは鳴門にシナチク、煮玉子を半分にしたのが入っていて意外とイケた。「味は見かけによらないとはこの事だ」と、店を後にする。


帰りは電車に揺られてつい、うとうとと・・・。小田原行きだったことなどすっかり忘れ、海老名まで寝過ごしてしまった。相模大野まで戻らなければならない。しばらく待って片瀬江ノ島行きに乗り換えるも、暖かな日差しにまた眠くなってくる。斜向かいにちょこんと座っているかわいらしい女の子もそうだ。髪をツインテールに結んだ小さな頭がパパとママの間を行ったり来たり。父はさりげなくサン・シェードを引いてやり、凛とした雰囲気が漂う母はそれを優しい眼差しで見守っている。すると、そんな光景を横目で見ていた私に気づいたのか、女の子と目が合ってしまった。口髭を蓄えた私が珍しいらしい。彼女もコチラを気にしている。どうやら降りる駅が一緒のようだ。座席の影に隠れるように、私に向かって小さく手を振る女の子。今はまだ小さな手だが、きっとその手で幸せを掴める事だろう。この子なら・・・。

そして翌日。

いつもなら、憂うつな気分で迎える休日明けの月曜日。いわゆる、「ブルーマンデー症候群」というやつだ。しかし、今日は違った。目覚まし時計に無理やり起こされる前に目を覚まし、朝食もしっかりと食べる。食後のコーフィを飲み終えた頃には、脳も身体も完全に目覚めていた。余裕を持って家を出る。こんな日は、見慣れたはずの町並みも輝いて見えるから不思議だ。車の窓を開け、爽やかで柔らかい春風を頬に受けながら走る。普段なら思考回路と身体がシンクロするまで慎重に走り出すのだが、今日はその必要もない。やがてカー・レィディオからは、そんな穏やかな一日の始まりにふさわしい歌声が流れてきたのだった・・・。

               あなたと出会い 時は流れる
                  思いを込めた 手紙もふえる
               いつしか二人 互いに響く
                 時に激しく 時に切なく

               夢ならば覚めないで 夢ならば覚めないで
               あなたと過ごした時 永遠の星となる

               ほら あなたにとって 大事な人ほど すぐそばのいるの
                 ただ あなたにだけ届いて欲しい 響け恋の歌
               ほら ほら ほら 響け恋の歌

・大山百合香/歌詞:小さな恋のうた/うたまっぷ歌詞無料検索
 (1stアルバムKIND OF BLUEに収録)
 http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B24018 

この曲は'07年に放送されたフジテレビの連続TVドラマプロポーズ大作戦や、エースコックの「スープはるさめ」のCMソングとして使われいたので、ご存知の方も多いかと思います。オリジナルは、沖縄出身のロックバンド、MONGOL800(モンゴル はっぴゃく)略してモンパチというグループですが、大山百合香さんが唄う事で、この曲が持つ、潜在的なポテンシャルを見事に引き出していると思います。

透明感のある優しい歌声に、心が浄化される?ような気がした私・・・。^^;


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2009年4月 4日 (土)

印象に残る切なげな歌声とメロディ

ほろ酔い加減の客を平塚で降ろし、江ノ島に向けて深夜のR134を走る。
左腕の「Luminox U.S.Navy SEALs Dive Watch Original」に目をやると、時刻はすでに午前3時を回っていた・・・。

「今日はもう上がり(終わり)だな・・・」
と、呟きながらカー・レィディオのスウィッチを入れる。くだらないおしゃべりの多いFMも、この時間帯はJuke boxと化し、邪魔にならない。仕事のストレスや疲れが溜まった身体も徐々にクールダウンしてゆく。と、その時、印象に残る切なげな歌声とメロディが流れてきた。その後、一気に人気に火がつき、いきなりミリオンセールスを記録したヒッキーこと、宇多田ヒカルさんのデビュー曲、「Automatic」だった。

ヒットチャートを賑わしている曲はひと通り聴いているものの、アーティストの名前までは覚えていない。(覚えられない?)ニューミュージックというよりはフォークソング。JPOPじゃなくて歌謡曲。おっと、演歌も忘れちゃダメでしょ、ニッポン人は?^^;と、いった具合に、すっかり時代に取り残されている私にも大ヒットの予感がしたものです。

時は流れて・・・。
今、カー・レィディオから流れている「Come back to me」を始めて聴いた時もそんな予感※がした。流行りのR&Bサウンドに全編英語の歌詞・・・。
「歌姫」と呼ばれる海外アーティストの新曲だと思いながらも、どこかで聴いた事のあるハスキーヴォイス。まさか、ヒカルちゃんだとは思わなかった。
※つい先日、全米最大シェアを誇る配信サイト「iTunes Music Store」で
  総合チャート19位にランクインしたとの報道がありました。

Anything from A to Z
Tell me what you want to be
I open my heart to be        
You are more priority       
Can't you see you've punished me 
More than enough already    
Baby, take it easy on me      
(Baby... take it easy on me)        お願い、もう許して…

Baby, come back to me            お願い、戻ってきて
Baby, come back to me
(Come back)

実体験というか、元ダンナさまに向けたメッセージというか・・・。ビミョーな歌詞ですが、誰もが聞き入ってしまうイイ曲である事は確か。

Utadaところで、This Is The Oneのアルバム・ジャケットの写真。しばらく見ない間にすっかり大人びた女性の顔になりましたネ。若い頃のお母さんそっくり!私の中では、まだ「あどけさが残る少女」といったイメージしかなかったので、チョッとビックリ!
って、ゆぅか思わずドキッと・・・。^^;

ただ、プロモーション・ビデオを見る限り、以前より少し痩せたというよりは、やつれた感じで・・・。気になるところではあります。まだ引きずっているのかナ~?なんて・・・。余計な事を考えてしまう無粋なHaRuでした。ヒッキー、ゴメンなさーい!(≧≦)



・Hikki's WEB SITE
 http://www.emimusic.jp/hikki/


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2009年3月29日 (日)

ブログパーツはいかが?

ブログやウェブサイトを自分らしくカスタマイズできるブログパーツ。ちょっと気の利いた機能や癒し度100%のペット、はたまた、ちょっとビックリするようなものまで、たくさんの種類があります。今回はその中でも、車やバイクにちなんだブログパーツを紹介します。尚、一部のブログやウェブサイトではJavascriptを貼り付けることができなかったり、サイドメニューに表示することができなかったりする場合がありますので、その際はご容赦を。まずはレーシングスピリット満載!YMAHAのブログパーツから。

  
「アナタのブログやウェブサイトがサーキットに! 
YZR-M1で最速ラップを目指せ!!」

いやぁ~、MotoGP版とJSB1000版の二本立てです。さっすがヤマハさん、やることがニクイ!でも、個人的にはWSB版もあると良かったかナって・・・。
だって、今年からMotoGPからWSBに転向しちゃいましたからネ、#56中野選手。ファンの一人としては、なんでJSB版があってWSB版がないのじゃぁ~!と、言いたくなるのでス。ハイ・・・。^^;

 ・ブログパーツ | ヤマハ発動機株式会社 
  http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/sports/race/blog-parts/index.html


お次は、買う・探す・くらべる・集まると四拍子揃った、バイク用品・バイクパーツ・バイク情報満載のWebike(ウェビック)

このブログパーツは、一定時間が経過すると新製品情報の画像に切り替わり(更新は毎週金曜日)、新製品の画像をクリックすればウェビックの新製品情報ページへとジャンプします。で、つい、「買い物カゴに入れる」ボタンをポチッとなナ~と・・・。^^;また、メカ好きにはたまらない?KTC・Nepros(ネプロス)シリーズ風のラチェットハンドルをクリックすると、手動で次の画像へと切り替わるというギミック付き! いやぁ~ホント、良くできてます。

 ・バイク用品&インプレッション ウェビックへようこそ 
  http://www.webike.net/i/c/link.jsp


お次は、世界のHONDA。

   
 

Hondaのブログパーツを提供するHondaファンサイト内のパーツ工房は非常に凝っていて、まずブログパーツのフレームの色(6色)を選び、次にHondaの最新情報が流れるRSS機能を選択、最後にFinishボタンを押してソースコードが出来上がるという4ステップ。しかも、Hondaに関する疑問テストが出題される「Honda模試」、旧車のスピードメーターをイメージしたアナログ「時計」、懐かしい集中ターゲットメーターをイメージした「カレンダー」、最新のHondaホームページ更新情報をリスト表示する「更新情報」、Hondaホームページ内からワード検索の結果を表示する「検索」、そして「HaRu ログ」にも貼り付けている「名車図鑑」とよりどりみどり。

 ・Hondaファンパーツ|便利で楽しい機能搭載のブログパーツ 
  http://www.honda.co.jp/hondafan/parts/


MAZDAも頑張っています。

このブログパーツは、ロータリーエンジン40周年を記念して作られたようです。私にとってロータリーエンジンと言えばコスモスポーツ。あの「帰ってきたウルトラマン」の劇中に登場するMAT(マット)※の専用車、MAT VEHICLE(マットビハイクル)は、コスモスポーツがベースになっていたんですョ。って、リアルタイムで見ていた人はどのくらいいるんだろ?^^;
※Monster Attack Team「怪獣攻撃部隊」の略。

 ・【MAZDA】ロータリーエンジンブログパーツ|ロータリーエンジン
  http://www.mazda.co.jp/philosophy/rotary/blogparts/index.html


次は、お待ちかね?現役レースクイーンのキレ~なおネェさま方の完全オリジナル動画を、ランダムで表示するブログパーツです。^^;

 

特にコメントはございません。
アナタのお好きな場所にペタペタ~っと貼っちゃって下さい!

 ・レースクイーンブログパーツ - goo 自動車&バイク
  http://autos.goo.ne.jp/special/rq_blogp/index.html


Fiat_500D21e4b482007年7月4日、50年ぶりの復活を遂げたFIAT 500。ハツカネズミを意味する「トポリーノ」の愛称で呼ばれた初代500※1は、あの「ローマの休日」で。2代目NUOVA Fiat 500(新フィアット500の意味)は、アニメ「ルパン三世」の愛車としてイタリアやヨーロッパ、日本だけに留まらず、世界各国に熱心なファンがいます。あっ、ちなみに、ルパンのチンクエチェント※2のナンバープレートは「R-33」なのであります。^^;
※1 ローマの休日は、戦後型の500Bトポリーノ・キャンバストップ付。
※2 Cinquecento(チンクエチェント:イタリア語で“500”の意味)の愛称で親しまれました。

その新型FIAT 500のブログパーツは9種類のカラーを選べます。私は1.4L Turboエンジンを積んだFIAT 500 ABARTH風にDecor Stripeを入れてみました。

 ・fiat_bp_editor
  http://www.fiat-auto.co.jp/blogparts/fiat_bp_editor.html
 ・ABARTH
  http://www.abarth.jp/


最後にご紹介するのは「トーキョー・メットガール SEASON1」。

バイクに乗る女性を応援するブログパーツという事ですが、女性ライダーの何を(どこを)応援してるんでしょう?良くわかりません。^^;まっ、どのメットガールさんもカワイイので深く考えないようにしましょう!

 ・バイク:女性ライダー 応援ブログパーツ
  (画像が日替わりで変わる:ヤマハ バイク ヘルメット)
  『トーキョー・メットガール SEASON1』
  http://jiyuu.blogzine.jp/blog/2008/12/ga_season1_4f0f.html


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2009年3月27日 (金)

静かに忍び寄る漆黒の闇


Safety cherry blossom Season!

みなさんは、ときに目の中を糸くずみたいな「浮遊物」が動き回って見える事ってありませんか?特に明るい場所、白い壁とか照明、青空などを見た時。此奴は目を動かすと一緒に動いて見え、目をこすったりしても消える事はなく・・・。まぁ、普通に周りを見ているときは見えないし痛みがないので「疲れ」で片付けてしまい、眼科に行って診察を受ける人は稀だと思います。私もそうでした。

実を言うと、かなり前から強い日差しや車のヘッドライトが眩しく感じるところはあったんです。まぁ、それは年齢も年齢だから(認めたくはないけど)と、半ばあきらめモードで・・・。^^;ところが最近になって、急に左目の見え方に変化が現れ、その糸くずみたいな浮遊物に「白いベール」のようなモノが加わって非常に見づらく、それが気になってしょうがない。たとえばドアミラーを見るとか視線だけで見る時など、その白いベールが追いかけてきてちょうど見たいところに重なってしまう。これはヤバイ!と思い、すぐに眼科へ行きましたネ、さすがに・・・。^^;

診察を待つ間、備え付けのパンフレットを眺めていると、私の症状にピッタリの項目を発見!どうやらこの症状は、目の前に虫が飛んでいるように見える事からそう呼ばれる飛蚊症(ひぶんしょう)という疾患のようだ。そのパンフによると・・・

「飛蚊症のタイプには、生理的な原因によるものと病的な原因によるものとがあります。多くの場合、加齢とともに症状が現れ、目の機能そのものに問題はなく心配はいりません。ただ、飛蚊症は重大な眼の病気の初期症状としてあらわれることがあるので注意が必要です。症状を感じたら早めに眼科で検査を受け、医師の指示に従ってください。早期発見、早期治療があなたの目を守ります。」

と、書いてありました。ふむふむ、なるほど?意外と大した事ないかも?と勝手に自己診断。^^;視力検査を済ませ、診察の前に瞳孔を開かせる目薬を差されて待つこと約20分。まずは眼底検査から。ちなみに眼底検査とは、網膜剥離や眼底出血、緑内障などの目の病気を調べるときに行なうもので、瞳孔の奥にある眼底を、眼底カメラや眼底鏡という器具を用い、レンズを通して観察し眼底の血管、網膜、視神経を調べる検査の事です。

で、その結果・・・。なんと左目が網膜剥離!だと診断されました。えっ?それってボクサーやファイター(格闘家)の人がなるもんじゃないの?この大人しい私がなんで網膜剥離?先生によれば、年を取れば髪が白髪になるのと同じ老化現象(素直に聞き入れられない言葉)のようなもので仕方ないのだそうです。特に私のように強度の近視の人は眼球自体が脆くてこの症状になりやすいのだとか。だからといって治療せずに放置した場合、最悪失明!する可能性もある!?網膜剥離を起こすと入院・手術が必要なのですが、私に施された治療は通院治療で済む光凝固療法というものでした。この治療法は、網膜に開いた穴や裂け目の周囲をレーザー光線で焼き固めて眼底に強く接着(癒着)させ、網膜を剥がれにくしてそれ以上症状を進ませないようにする治療法らしいのですが、説明されてもなんだかとっても怖~い!(><。)

点眼麻酔をし、頭を固定台に・・・。網膜に向かってレーザービームを発射!と、最初は順調だったのですが、特殊なアイルーペのような物で目を押さえつけられっぱなしで、涙は出るは鼻水は出るはもう大変!しかも時々視神経のそばに命中するらしく、徐々に目の奥のほう、頭の芯にズキーンと重い痛みが・・・。痛みはほとんど感じないって言ってたじゃないですか~。オマケにこの先生、「よーし、コレだナ~」とか、「うん、うまくいったぁ~」なんて独り言を言いながら完全なる自己陶酔型のナルシスト。^^;おかげで治療が終わった時には、すっかり気持ちが悪くなってしまいました。

そんなこんなで、休み休み20分くらいレーザー照射を繰り返しながら無事に治療は終了。眼帯をするでもなく、一週間後にまた来て下さいと言われ・・・。網膜剥離の治療ってこんなもんなものなのでしょうか?先生ご本人はとーっても満足そうでしたが、コチラとしては拍子抜け。まぁ、手術して入院した訳じゃありませんからネ。これで治れば別に文句はありませんが。しかし、不安は残ります。実は一週間どころか、四週間たっても糸くずや白いベールの見え方が変わらないからです。その上、今度は半年後に診察に来て下さいと・・・。ますます不安!( ̄_ ̄|||)

網膜剥離は一度なってしまうと癖になり、重症の場合は手術をしても元通りの視力に戻ることは難しく、もし治療せずに放置した場合、失明する可能性の高い病気です。特に、顔面や頭部、眼球に激しい衝撃を受ける危険性のあるスポーツをする方は注意が必要です。それ以外にも、重いものを持つ行為やテレビやテレビゲーム、パソコンなど長時間の視聴も網膜への大きな負担となるため、控えめにするようにと言われています。実は網膜剥離がある日突然、誰の身にも起こり得るなんて知ってましたか?飛蚊症は網膜剥離の前兆。失明という最悪の事態を避けるためにも、目に少しでも異常を感じたら、すぐに眼科へ。早期に発見、早期に治療を施すことができれば、ほとんどの場合、視力も視野も元の状態へと回復します。

それにしても・・・

人間は行動する時、ほとんどの情報を視覚に頼っています。それが徐々に、あるいは突然、昼も夜もわからなくなるほどの漆黒の闇に包まれたら?仕事はしたくてもできない。職を失えば収入がなくなり、家族の支えが必要になる。しかし、家族にとってその負担は大きいし、本人もつらい。なにしろ自分ひとりでは何もできないのだから。徐々に、親しい友人とも疎遠になるだろう。もしかするとこの世で一番大切な人さえも離れていってしまうかも知れない・・・。ましてや、あの眩い陽(ひ)の光も闇を優しく照らし出す月も、母なる海も大いなる大地も二度と見る事はできないのだ。悔しさと悲しみ、そしてやり場のない絶望感・・・。きっと生きる気力どころか、自分自身の存在意義・存在理由すら疑いはじめてしまうに違いない。そんな事を真剣に考えてしまいました・・・。

幸い私の場合は、すぐに検査を受けたのが良かったのか?視力の低下もなく、ひとまずホッとしていますが、再発の可能性は否めません。軽い飛蚊症の症状がある右目の「第二の爆弾」をかかえながら、今後は心を入れ替えてマジメに、そして紛らわしい行動?は慎むようにしたいと思っています。^^;

次の検診は9月・・・。


・日本眼科医会 目についての健康情報 黒いものが飛ぶ 飛蚊症
 http://www.gankaikai.or.jp/health/08/11.html
・日本眼科学会:目の病気 網膜剥離
 http://www.nichigan.or.jp/public/disease/momaku_hakuri.jsp
・網膜剥離を予防するためには? - 網膜剥離の基礎知識
 http://www.okhelth.com/moumakuhakuri/contents8.html


・いつも前向きなりえちゃん♪ アナタも読めば絶対元気になれる!
 見えない生活 (2008年1月12日/バックナンバー)
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2009年3月20日 (金)

私の原点

Gl400元来、勉強嫌いで運動音痴。父親の都合で転校も多く、特に家族揃って東京へ上京した時にはイジメに遭い・・・。オマケに生れ付き目も悪かったので、小学生の頃にはすでに牛乳瓶の底のようなレンズに黒ブチのセルフレームのメガネをかけていた私。勉強や運動はダメでもコンプレックスや劣等感だけは誰にも負けない?ちょっと素直じゃないお子ちゃまだったのです。ホント、今の私を知る人からするとチョッと想像がつかないくらい。^^;
“リトルHaRu”が将来、これほどバイクにのめり込むとは誰が一体想像した事でしょう?

それは小・中と一緒で仲の良かったクラスメートのイノウエ君の影響が大きかったと思います。カレと出会ったのは小学4年生の時で、そのカーマニアぶりは筋金入りの車好きを通り越して鬼気迫るものがありました。何しろその年齢にしてすでに授業の合間の休み時間とかにヒール&トゥのイメージトレーニング!をしていたほど。^^;スーパーカー・ブームが来る遥か以前?フェラーリやランボルギーニ、マセラティとかランチャ等の海外ブランドもカレを通じて知りました。またメカニズムにも滅法強く、まるで砂漠に染み込む雨の如く様々な知識を吸収しながらすっかり感化され、おマセな小学生と化していったのです。

そんなカレとは高校では別々になりながらも、心の奥底に灯った小さな炎は燻り続け、やがて免許の取れる年齢に。まず手始めに原動機付き自転車、いわゆる“原付”の免許を取得。始めての国家試験に合格した喜びも束の間?すぐに中型免許(現在の普通自動二輪免許)も取っちゃったんですネ、これが。若い頃、バイクを乗り回していた理解ある父親は、私の免許取得をたいそう喜んでくれてHaRuママの反対を押し切り、ポン!とHonda GL400を購入。結構、お坊ちゃまだったんです当時の私は・・・。^^;

納車の日は父親とタンデム(二人乗り)しながらライディングレクチャー!を受け、意気揚々とスタートした私のバイクライフ。最初はおっかなビックリ、手探り状態だったのを思い出します。何しろ始めてのバイクは50cc、しかもHondaスーパーカブと決まっていた時代。それがいきなり400ccですからネ!それでも徐々に慣れて来て高校の悪友?たちと羽田空港へショートツーリングに行ったり、父親の頼まれ事で首都高速を走ったりと何処へ行くのもバイクになって行動範囲がぐ~んと広がって・・・。乗ってるだけで毎日が新鮮で楽しー♪^^;

そんな折、初回点検のために訪れた購入先のバイクショップで紹介されたのが、後に私が入会する事になったツーリングクラブの会長さんでした。「良かったら一緒に走ってみない?」と、免許を取って日が浅い私の事を承知でツーリングに誘って下さったのです。始めてのツーリングは秩父の正丸峠から三峰神社へ。寒い時期でした。ツーリングクラブのみなさんは皮ツナギ。私はバイクショップで買ったトリコロールカラーのHondaのウィンタージャケットにGパン一枚という出で立ち。朝方は冷え込みましたが寒さはぜーんぜん気にならず、それどころか肌を突き刺す冷気が気持ちイイ!と感じる・・・。
いやぁ~あの頃は若かった!^^;

ところが、初めてにしてツーリングの楽しさを知った反面、バイクを操る難しさも思い知らされました。だってワインディングロードに入った途端、あっという間に置いてけぼりなんだもん。ショックでした。原因はアウト・イン・アウト※といったライン取り云々の前に、ギアの選択ミスとスロットルの開けっぷり不足。ほとんど平地しか走っていなかった私には、山道のアップダウンに合わせた走りができていなかったのです。
※高いアベレージを保ちつつカーブを抜けるためのモータースポーツで
基本中の基本とされるテクニック。

「HaRu君、何速で走ってる?高いギアでスロットルを空けてもバイクは付いて来ないョ」

と、言われて始めて気づく私。慣れたと言っても所詮は井の中の蛙。そんな事もわからない超ビギナーライダーが「走り」に目覚めた瞬間でした。それからはそのツーリングクラブの人たちと月一でツーへ。埼玉を拠点に、その当時走りのメッカだった奥多摩有料道路(現在は無料)やいろは坂の日光&金精道路(こんせいどう ろ)、白樺の木立の間を走る群馬県の赤城山、奥多摩湖から甲州市の塩山へ抜ける柳沢峠、横須賀や箱根&伊豆方面、そして富士山周辺にもよく行ったものです。

特に、能登半島3泊4日のお泊まりツーでは始めてのロングツーリングも経験。まず、山梨県の石和(いさわ)温泉で一泊。翌日、新潟県の糸魚川(いといがわ)へと抜けて親知らずを横目にR8を走り、輪島塗りと朝市で知られる能登の輪島市に一泊。その翌日は岐阜県の飛騨高山に一泊し、最後の〆は日本一の高度(およそ標高2,710m)を走ることのできる雲上のスカイラインとして名高い、「乗鞍スカイライン」※を堪能しながら全員無事に帰宅。また、このツーでは元セニア350ccクラスのレーシングライダーの方が参加され、またしても一般ライダー(特に自分)との格の違いを思い知る事になり、その後の私に大きな影響を及ぼす事になってゆくのでした・・・。
※当時は現在のようにマイカー乗り入れ禁止の規制がなかったのです。

と、ゆぅ訳で・・・?
2008年7月2日の日記、「0.1秒のエクスタシー」で紹介した書籍(とそれに関連した映画)も“HaRu”という人間の人格を形作る上で欠かせない存在だったのです。アップしたまましばらく放置しっぱなしで何の事やらでしたよネ?すいません。個々の詳しい解説はいずれまた・・・。

まったく、今回は身近な人たちにもずっーと音信不通だったのでホントに心配をかけてしまって・・・。心からお詫びします。事情があってバイクも手放してしまいましたが、この情熱の炎はバイクに乗り始めた頃からチッとも変わっていません。いずれ復活するその時まで、そして復活してからも「HaRu ログ」は続けていきますのでどうかこれからもよろしくお願いします。


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2008年11月16日 (日)

あなたが僕を捜す時

あなたが僕を捜す時 瞳をとじて ごらんほら
 いつでもそばにいるはずさ 愛しているさ いつだって

あなたが涙を流す時 腹を立てたり 笑ったり
 たとえ自分を投げ出しても 愛しているさ いつだって

Photo
Song by 松山千春 (JASRAC許諾第J070214365号)
あなたが僕を捜す時  


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2008年7月 2日 (水)

0.1秒のエクスタシー 

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左:RIDERS CLUB No.28(1980年10月号)
この号の巻頭特集はYAMAHA RZ250!難解だった根本 健氏のインプレッション。
そして巻末のKEN'S TALK・・・。

中:世界の金谷 ロードレース入門
一流ライダーへの早道
金谷秀夫
・TEAM KANAYA WEB SITE
http://www.aquarius.zaq.jp/team_kanaya/index.htm

右:GPライダー達の世界 我が愛するドンキホ-テ達
フォトグラファー 坪内隆直・写真集
・Grand Prix Illustrated / Vega International S.A.
http://www.vega-international.jp/

ザ・ライディング バイクテクニックAからZ(絶版)
万沢康夫 著
・出光イーハトーブトライアルへ行こう!
http://bike.blog.hobidas.com/

・KEN'S TALK 2: Vol.303 7月12日 突然ですがRZ250 Part-1~
http://blog.sideriver.com/kensblog/2006/07/vol303712rz250p_24d2.html
・KEN'S TALK 2: Vol.431 6月1日 MVアグスタ3気筒GPマシン!!
http://blog.sideriver.com/kensblog/2008/06/vol43161mv3gp-9.html

・新車!の'67年型MVアグスタ500cc3気筒GPマシン(らいでぃんぐナビより)
 前編:
>http://www.sideriver.com/motorcycle/movie/moto_ktm112.html
 後編:>http://www.sideriver.com/motorcycle/movie/moto_ktm113.html

                マシーンを愛し

ロードレースを愛し

サーキットに散った戦士たちよ

いま
     うた
鎮魂の譜を捧げます
        


主題歌:汚れた英雄/Ridin' High
Vocal:Rosemary Butler

>汚れた英雄 初回限定生産エディション

Eiyuu1

原作:汚れた英雄/著者:大藪春彦
出版社:角川書店

 第Ⅰ巻・野望篇
 第Ⅱ巻・雌伏篇
 第Ⅲ巻・黄金篇
 第Ⅳ巻・完結篇の全4巻からなる長編小説。

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主人公、北野晶夫を演じた草刈正雄さんと“不沈艦”の異名で語り継がれる'70年代最強の耐久レーサー、HONDA RCB1000を駆る根本 健氏のカバーイラストは辰巳四郎氏(歌手、椎名林檎さんの叔父)によるもの。また、第Ⅰ巻・野望篇の巻末には根本氏のあとがきが・・・。


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