1970年代終盤。アメリカEPA(環境保護庁)が発表した環境規制は、世界の自動車メーカー各社に大きな影響を与えることになります。マスキー法と呼ばれる大気汚染防止のための法律が成立し、世界初の排気ガス規制が行われることになったからです。その内容は当時、パスすることは不可能とまで言われたほど厳しいもので(実際にはホンダがCVCC技術を開発してクリアしましたが)、バイクメーカー各社もこぞって4ストロークモデルの開発を強化するなど対応に苦慮していました。
一方で2ストロークエンジンを搭載したマシンは、全体的に牙を抜かれた…というより捥(も)がれた?状態に陥り、そのため世界のマーケットでの規模も徐々に縮小されつつありました。そんな中、これを払拭するべくヤマハからリリースされたのがRZ250で、先代のRD250と同様、当時の同社製市販レーサーTZ250/350をベースに開発されていました。
1979年9月に開催されたパリモーターショー(世界5大モーターショーの一つ)と、同年10月に開催された「第23回東京モーターショー」で鮮烈なデビューを飾り、翌年8月にデリバリーが開始されるや否や瞬く間に市場を席巻!一大センセーションを巻き起こしました。
さらに1981年、“ナナハンキラー”と呼ばれたRZ350(当初は欧州向けの輸出専用車。欧州ではRD350LC)が国内に投入されると、他メーカーも次々とニューモデルを開発し始め、熾烈なパフォーマンス競争を繰り広げるようになります。特にホンダとヤマハの開発・販売競争は凄まじく、後にHY戦争と呼ばれたほど。
その大きな波は、やがて空前のバイクブーム、延(ひ)いては“レーサーレプリカブーム”へと繋がり、その後のRG250Γ、そしてRZV500RやRG500Γといった2ストロークレプリカ・モデルを生み出すきっかけとなりました。



バイク業界全体に大きなインパクトを放った歴史に残るモデルであり、私の中でいつまでも色褪せる事のないスポーツクォーター※、それがRZ250なのです。
※排気量1000ccを基準とし、250ccのバイクをそう呼びます。
1000ccの1/4(quarter)=250cc。
「RZ250」開発ストーリー | ヤマハ発動機株式会社
・http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/cp/history/motorcycle1980/rz250/index.html
「RZ250」各部写真 | ヤマハ発動機株式会社
・http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/cp/history/motorcycle1980/rz250/parts/index.html
2008年7月 2日の日記、「0.1秒のエクスタシー」で紹介しているRIDERS CLUB No.28(1980年10月号)は、当時編集長だった#36根本健氏による熱いインプレッション記事が印象的で、特にこの号は、表紙が変色してボロボロになるほど何度も読み返した、私にとって忘れる事のできないとても思い入れの深い一冊です。その後も同氏のバイクに対する思いが詰まった巻末の「KEN'S TALK」はWeb版として存続しているのですが、まさかあれから30年近くも経ってあの頃の記憶を思い出される事になろうとは…。睡眠時間を削りながら購入資金を貯め、ようやく納車された時の事が蘇ります。
ちなみに、「RZ」というネーミングはヤマハの社内コードから来ていて、「R」はレーサー、「Z」は水冷を意味しています。(アルファベット最後の文字にかけて、最後の、究極のといった意味合いもあります)ところが、パリショーの時の車名は350ccバージョン(=RD350LC/LCはLiquid-cooledの略)同様RD250LCというもので、その後、欧州では「RD」、国内では「RZ」としてデリバリーされました。
これは多分、歴代のヤマハ・ワークスレーサーに関係していて、例を挙げると、ヤマハ初のファクトリーマシンとして1957年の第2回浅間火山レースに出場したYDレーサー(Yはヤマハの意味。Dは250cc)に始まり、RA41(Aは125cc)、RD48の発展型であり、「世界でもっとも速い250cc」と賞賛され、圧倒的な強さを誇ったRD56などなど…。特に、モータースポーツ発祥の地・ヨーロッパでは、レース結果がそのまま自社ブランドに対する知名度や評価になり、売り上げに結びつきます。(残念な事に当時、海外での日本製マシンの活躍ぶりは、ほとんど国内に報道されませんでした)
つまり、ヤマハ発動機にとって“RD”とは、創立当初から磨き上げてきた高い技術力と輝かしい栄光の歴史、そして自社ブランドに対する誇りと自信の表れであると同時に、そのレプリカイメージを利用した販売戦略の称号でもあったという訳です。
で、最後に今日の一曲!←いつのまに恒例になったのやら?^^;
あの時(2007年12月18日の日記「ひと足早いクリスマス・プレゼント」)、届けられなかったすべての思いを今、貴女へ…。
YouTube - これ以上 らいぶ
・http://www.youtube.com/watch?gl=JP&feature=related&v=OIsenA193r4
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